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ああ野麦峠は通行止め


 「野麦峠」というと、明治から大正の時代に飛騨地方の農家の娘たちが吹雪で危険な野麦峠を越えて、諏訪や岡谷の製糸工場に懸命に働きに出た、あの悲しい物語「ああ、野麦峠」を思い出してしまいます。小さい時に見たテレビ番組の出稼ぎ女工の悲惨さが今でも心に焼き付いています。

 野麦峠は現在土砂崩れのために、当分の間通行止めという。「当分の間通行止め」とはあまりないことで、野麦峠が現在でも交通の難所であることがうかがわれ、峠越えの厳しさが際立つように感じる。

 ここを左に行けば野麦峠の標識でなぜか、哀愁を感じで車を止めて撮影してしまいました。ちょうど吾亦紅(われもこう)が周りにいっぱい咲いています。吾亦紅は風に任せて右に左にと揺れています。あの出稼ぎ女工の一人ひとりの純真な心は、野麦峠の風で大きく振れていたことでしょう。今では考えられないことですが、そんな時代がありました。

 今日はここをもう少し直進して、右に曲がれは御嶽山。天気は予想に反して、晴れてきて良いドライブで快適。たくさんの人の苦難の積み重ねの中に、今の平和な日本があるはず。感謝しかない。

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