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 今年の句会の兼題は「米」であった。 そこで、ふと思い出したのは、昔の駅弁の光景で、蓋の裏にびっしりとこびり付いたお米。それを一つひとつ剥がしながら食べるもどかしさ。しかし、その「苦労」こそが旅の醍醐味であり、高揚感の始まりでもあった。そんな実感を込めた一句、幸いにもメンバーの心に響いたようだ。

 この句会で実になんと27年ぶりに最高得点を獲得できた。メンバーは高校の先生を中心に10人程の同級生だが、27年という、これほど間が空くのは確率的にはどうなんだろう?と頭をよぎるが、今はただ、素直に喜びを噛みしめている。

 さて、ようやく金沢にも春が巡ってきた。兼六園の桜は満開となり、わが問屋町のハクモクレンも真っ白に咲き誇っている。つい先日までの凍えるような寒さや積もった雪の苦労も、今日のような夏日を迎えると、まるで遠い昔のことのように忘れてしまいそうだ。人間とは、なんと現金で、そして救いのある生き物だろうか。嫌なことはすぐに忘れてしまう。

 しかし、目を世界に向ければ、春の陽気とは裏腹に不穏な影が色濃くなっている。 イランを巡る情勢は悪化の一途をたどり、ホルムズ海峡の封鎖や石油危機の足音が聞こえてくる。「石器時代に戻す」というトランプ大統領の威嚇はあまりに過激で、私たちが享受している平和がいかに脆い秩序の上に漂っているかを痛感せずにはいられない。この穏やかな春の景色が、どうか世界共通の風景であってほしいと願うばかりだ。

 
 
 
隣雲亭から京都市内を一望
隣雲亭から京都市内を一望

 しばらく前から雪が降り続く金沢。連日の厳しい寒さに、私は「暖」を求めて京都への旅を企画した。目的地は、かねてより念願だった「修学院離宮」である。宮内庁の管理下にあるため事前予約が必須だが、幸いオンラインでの手続きは滞りなく完了した。しかし、いざ出発の段になって北陸本線が大雪で不通との情報が入る。やきもきしたが、運よく特急サンダーバードが運行してくれ、無事に金沢を後にすることができた。

 京都に到着すると、積雪こそないものの、古都らしく雪がちらちらと舞っていた。いくつもの電車を乗り継ぎ、最後は急な坂道を一歩ずつ踏みしめるようにして、ようやく目的地に辿り着いた。後水尾(ごみずのお)上皇によって造営されたこの離宮は、広大な敷地の中に田畑までをも取り込んだ、実に壮大な山荘である。そのスケールの大きさに圧倒され、洗練された建物と庭園の美しさに、ただただ感嘆するばかりであった。

 離宮の最高所に位置する「隣雲亭(りんうんてい)」からの眺望は、まさに絶景だ。遠くには京都タワーや大阪のあべのハルカスを望み、京都御所の様子も手に取るようにうかがえる。市街を取り巻く山々の稜線も美しい。この地で上皇は都の様子を眺めながら、果たして何を思われていたのか―。歴史に思いを馳せるひとときであったが、吹き付ける風はどこまでも冷たかった。

 京都の冬も寒いが、雪が積もらないだけ幾分過ごしやすい。一方、今年の金沢は低温が続き、降り積もった雪がなかなか溶けてくれないのが悩みだ。毎日少しずつ積み重なる雪によって道幅は狭まり、車も人も通行に苦労している。立春を迎えた今日、金沢には久しぶりに陽が差し、ようやく雪解けの兆しが見えてきた。週末には再び寒波が訪れるというが、こうして寒暖を繰り返し、我慢をしながら、金沢の冬は一歩ずつ春へと歩みを進めていくのである。

 
 
 
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