見かけ倒しの国会-見かけ以上の庭の柿

数日前、NHKの画面に飛び込んできた国会中継が、否が応でも目に留まった。画面の中では、世間をお騒がせしている農相が集中砲火を浴びていた。農相の対応は相変わらず曖昧で腹立たしかったが、一度弱みを見せれば別の弱みが見つかり、さらに追及が厳しくなっていく展開には思わず感心した。そこには確かな迫力があり、不謹慎ながら「国会も結構面白いものだ」とその時は思った。
今日もまた、朝の9時にテレビをつけると国会中継が映し出された。そういえば、例の農相は更迭され、もうそこにはいない。しばらく中継を眺めていたが、前回のような迫力は微塵も感じられず、我慢できずにチャンネルを変えてしまった。議案を審議し、より良いものにしようという熱量がまったく伝わってこない。ただ国民の目を意識しすぎた単なるパフォーマンスだけで、中身が伴っていないように感じられてならなかった。
そんな折、知人から柿をいただいた。果物屋の店頭に並んでいるような立派なものではなく、自宅の庭の木から収穫したものだという。梯子に登り、長い竿を操りながら、かなりの苦労をして採ってくれたらしい。その努力が報われるほど、実にはしっかりとゴマが吹いており、甘かった。手入れの行き届いた庭の柿は、体裁や見かけこそ不揃いだが、中身は驚くほど美味しい。
最近は、果物屋で見かけるイチゴやブドウ、梨など、あらゆる果物が品種改良や栽培技術の革新によって素晴らしく美味しくなった。それ自体には深く敬意を表する。しかし、この庭の柿も決してそれらに劣らない輝きを放っている。身近な場所にこそ、本当に素晴らしいものが隠れている。目の前のパフォーマンスや見かけの美しさに惑わされ、その本質を見落としてはいけない。滋味あふれる柿を齧りながら、私はそんなことを深く考えさせられた。



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