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 和田竜の小説「村上海賊の娘」を読んで どうしても「しまなみ海道」に行きたくなった。その海道沿いの島の能島と因島と来島にそれぞれ村上海賊がいて、能島がその元締め的な存在であったらしい。この辺りは島が込み合っていて、潮流が激しく渦潮もできるほど。水軍は通常は瀬戸内海を往来する船の道先案内の仕事をしていたという。そして、言うことを聞かない船には海賊となった。

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 小説では「村上海賊」となっているが、私は、敬意を表し「村上水軍」と呼ぶ。村上水軍が毛利軍とともに、大坂本願寺に籠城する一向一揆派を助けに織田派の泉州の眞鍋水軍等と戦う小説。能島村上水軍の娘の景(きょう)と泉州水軍の七五三兵衛(しめのひょうえ)との壮絶な戦い、あっという間に全4巻を約1週間で読破できた。私にとっては読んだ本の中で一番の長さである。

 能島は伯方・大島大橋(上の写真)から南方にちらりと見える。周囲は約800mのすごく小さい平らな島。大島の宮窪漁港から観光船が出ていて、潮流体験として能島周辺の島を巡ることができる。12月で水温は低いので、知床岬の観光船の事故をちらりと思いだす。激しい潮流を観たいものの、沈没は勘弁してほしい。当日は心配するほどの波もなく、穏やかで気持ちよいクルージング。さすが瀬戸内海。

 下の写真の左が水軍城のあった本拠地の能島、右の祠のある島が鯛崎島、能島の南に連なる周囲200mほどの小島。城が築かれていた頃は2島が橋で繋がっていたという。この辺りは潮流が特にすごい。耳を澄ませば、潮流の音の合間から、舟をこぐ櫓の音が聞こえてくるようだ。小舟を操り、忙しく櫓をこぎ、沖合の大きな船へ集結する様子が、目の前に見える。目の前の通常の瀬戸内海は兵どもの夢の跡。

 

 
 
 

更新日:2023年12月21日



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 尾道の千光寺公園から尾道大橋方面を見下ろした風景。左側が尾道市内、右側が向島。造船所のクレーンや船がゆっくりと動いている。千光寺公園のロープウエー乗り場の上に高い見晴らし台があり、瀬戸内海と島々が折り重なるように見える。こんな風景は石川県では見られない。

 ジオラマの光景の中から山陽線の黄色い電車が尾道大橋をくぐり抜けて、くねりと回りながらこちらへ向かう。日差しを浴びて光った電車の顔が見えた。私はぼっーと見ていた風景から、はっと目が覚めた。私はこれから、この大橋を越えて、しまなみ海道を通って、村上水軍や松山市を訪ねる旅を始める。

 その前に2っやらなければいけないことがある。一つは目の前の俳句ポスト。たぶん、この光景を俳句で詠めということだろう。応募用紙や鉛筆まである。せっかくだから、投句をしたい。そこで先ほどから無理やり俳句を絞りだしているところ。そして電車とともに俳句が出てきた。「橋くぐり 電車あらわる 小春かな」とポストに。小春は秋の季語、今は冬だけど、これしか頭に浮かばない。そのうちに尾道市からよい知らせがあればいいのに。

 二つ目は市内で尾道ラーメンを食べること。検索して1軒選んだ。早速、車で向かう。到着は昼少し前、待つことなく、スムーズに入店。尾道ラーメンと餃子、注文。ラーメンの汁の色は濃いが味はあっさりして、おいしい。餃子は少し小ぶり、サクサクと食べやすい。餃子をラーメンの汁に入れると、味が変わってまた、うまい。食べるのに夢中で写真を取り忘れたのが残念。やるべきことをやったので、さぁ「しまなみ海道」へ出発だ。




 
 
 

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 月亭方正の落語を初めて聞いた。お笑い芸人で以前からテレビで活躍していたが、2008年から落語家としての勉強を始めたという。あまり期待していなかったが、「落語の夕べ、錦笑会」に出演するということで行ってみた。この会は食事の後、月亭方正2席と石川県出身の月亭方気1席の約1時間30分というもの。2人の話術だけで楽しませてくれた。良かった。

 古典落語は久しぶりに聞いた。昔、祖父がよくラジオで聞いていたし、落語全集みたいな本を読んでいたのを思い出す。なかなか渋い面白さがあると思う。最近は漫才やコントに押されがちだが、古典落語は題材は少し古いが、一人の落語家が数人の登場人物の掛け合いを、生き生きとした、テンポある話し方で演出し、聴衆を引き付けて、最後に落とすもの。そこが面白い。

 今回は後で調べたら、「ねずみの穴」という落語だった。方正のテンポある掛け合いに、私はどんどんと引き込まれたが、最後の落ち「夢は五臓(土蔵)の疲れ」の意味が分からず、悶々とした気持ちで、インターネットで調べて初めて分かった。もう少し、聞き手が勉強しなければいけないとつくづく思う。

 先日、歌舞伎を観賞したが、パンフレットにあらすじが書いてあり、理解しやすかった。狂言を見たときもそうだった。夏目漱石の「坊ちゃん」を読んだが、これもあらすじ付きで理解しやすかった。古典落語はあらすじは要らないが、落ちの解説が必要な時代になったかも。

 






 
 
 
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