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 私は間違っていたようです。ラベンダーの香りがとてもいい、北海道みたい香りだと以前にブログに書きましたが、本当はくちなしの花でした。訂正してお詫びします。

 最近、公園に庭師が剪定に入りました。つつじの上の方がすべてカットされました。見た目には無残な感じです。上部には緑色がなく、木の切り口が痛そうに無数見えます。そして、つつじと一緒にラベンダーも同じように剪定されました。花の部分はすべてカットされました。

 しかしながら、あのいい香りは以前よりもずっと強くなりました。ラベンダーは木全体から香りがするのかと思い、いろいろと匂いを嗅いでみたのですが、全くしません。なのに、とてもいい香り。念のために、ラベンダーの隣に咲いている白い花の匂いを嗅いだところ、例のいい香りです。よく見ると、ラベンダーの向こう三軒両隣にこの白い花の木がありました。

 あとで調べたら「くちなしの花」でした。そういえば、歌にもあります。くちなしの甘い香り・・・。私は今までラベンダーと思い込んでいましたが、本当は「くちなしの花」でした。もう一度、トイレの芳香剤で香りの勉強をします。

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 桜橋の少し下流の犀川右岸、手洗い場の横にひっそりと、この碑が建っています。杉原竹女と詩校の俳句が2句ずつ刻んであります。標題の句は竹女の句です。竹女は詩校の母親で金沢の人で雑誌「あらうみ」を主宰されたそうです。

 『北國新聞縮刷版 昭和51年3月号』の「わが半生記 杉原竹女」によれば、「18年4月、あらうみ百号記念大会が兼六園で開催され、5月には東京の上野公園で小松月尚先生以下15人が、そろって上京して高浜虚子、星野立子親子の両先生をはじめ、ホトトギス同人の方々を招待して句会を開くことができたのです。同人の浅野白山師(高松町出身)のあっせんでした。詩校も京都よりはせ参じ、行を共にしたのでした。 (中略) 11月には虚子、立子両先生を金沢にお迎えして、竹女居にて句会の翌日、山中温泉へご案内。その夜のよしの屋の宴の場面が、虚子の小説『虹』で有名です」ということです。

 この記事から、竹女さんの活躍が目に浮かぶようです。また、調べてみたら、県立図書館に、杉原竹女句文集、昭和44年出版、あらうみ創刊三十五周年及著者古稀記念出版の本があり、貸し出していただけるようです。機会があれば一度読んでみたいと思います。

そして、この碑の裏側には竹女は昭和53年に亡くなられたと、そして、息子さんの詩校さんは昭和19年、サイパン島で戦死されたと書いてあります。新聞の記事の翌年に詩校さんが戦死されたことになります。そして、竹女さんは息子さんのこの2つの遺句をどんな気持ちで選んだことでしょう。 

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 アジサイの挿し木をしています。問屋町の歩道の植え込みですが、半年ほど前にこの植え込みの街路樹に、交差点でぶつかった反動で車が激突。ありがたいことに、おかげで当社には被害はありませんでした。

 しかし、植えてあった街路樹は折れてしまったので、市の方が来て、交換。そして植え込みもすべて新しくしてくれました。今は、植え込みには、新しい街路樹とその木の支えしかなくなりました。さびしいので、アジサイを植えることにしました。

 昨年、アジサイを育てようと思い、天橋立のアジサイと自宅の駐車場の隣のNさんのアジサイがきれいだったので、挿し木をしました。それが植木鉢で育ち、根が十分張り、すっかりと植えついきました。まず、この2本をこの植え込みに移植。

 さらにきれいな消防局のアジサイと友達のAさんの強そうなガクアジサイ、これらをこの植え込みに直接、挿し木と。画面の右手前はNさん、右奥上は消防局、中央奥上は天橋立、左下はAさんです。さぁ、みんな頑張ってほしい。早くこの場所の環境に慣れ、大きく育ってほしい。


 

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