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 河口湖から見た富士山。ふもとから頂上まで何の妨げもなく全部見える。やはり富士山はきれいで、日本一だ。それから何回も富士山を見たが、今日のように一日中全部見えていたのは初めて。

 昨日は八ケ岳のふもとにいたが、土砂降りの雨。まったく八ヶ岳は見えず、そして富士山もあきらめていたのだが、ラッキーにも天気予報が外れて急回復。こんな絶景を見ることができた。

 富士山五合目の駐車場まで絶景のドライブもできた。五合目のレストハウスは外人さんが多くて、まるで外国にいるみたい。そこではなんと北海道のお土産まで売っていた。お土産を買いそびれた外人さん向け? 外人さんも富士山を背景に必死の写真撮影。富士山は日本一でなくて、もしかして世界一の山かもしれない。

 富士山の歴史は約70万年前に「小御岳」という標高の低い火山から始まり、何回もの噴火を繰り返して、こんな今の形になったらしい。西暦800年ころには数十年ごとに噴火を繰り返したという記録がある。また、江戸時代の1709年には巨大地震「宝永地震」の49日後に「宝永噴火」が起こったという。最近は南海トラフの地震と富士山の噴火を関連付けて、よく報道されている。専門家によれば富士山は必ず噴火するという。そんな捨て台詞みたいことを言う前に、地震や火山噴火の予知を一日でも早くやってほしい。

 

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更新日:2023年5月13日


 以前から、とても気になっていた「吉田うどん」。富士山のおひざ元、富士吉田市への2回目の訪問で、やっと食べることができた。10分ほど待って、座敷に上がる。注文に迷った挙句、私は「天ぷらうどん」と「キャベツ」のトッピング。連れは「冷やしたぬき」を注文。それほど待たずに出てきた。

 まず、無料のトッピングの天かすを麺が見えなくなるほどかけてから、太い麺を一本すする。口の中は麺でぎっしり、噛むとなかなか芯のある麺。ちょっとびっくり。これは何だ。なかなか今までにない、太くて硬いうどん。広い店内はお昼の書き入れ時でいっぱい。観光客もいるのだが、地元の人も多い。家族三代で小さなテーブルに寄せ合って食べていたり、野球の仲間が4-5人で食べていたりと。玄関先の行列とは違って、店の中は家族的でゆったりしてのどかな感じ。

 食べ進めるうちに麺のボリューム感がちょうど私にあってきた。出汁もおいしく、食欲が進んできた。キャベツのトッピングも甘くてベストマッチ。連れの「冷ゆしたぬき」の麺を2本ほど、物々交換して食べる。これは新感覚のスパゲティみたい。

 吉田うどんを食べさせてくれるお店はリストに40軒以上載っている。それぞれの店の麵の硬さや出汁の味が違うようなので、それぞれのお店に行って食べ比べをしたいもの。ただ、食べる量に限界があり、富士吉田市に1週間以上は滞在しなければ、すべての麺を食べ尽くすわけにはいかないようだ。

 

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 溶岩樹型とは火山が爆発し、溶岩流が流れ樹木を包み込み、そのまま固まったもの。樹木は燃えたり、長年の風化で朽ち果て、樹木の部分は空洞になっている。この写真は「船津胎内樹型」。富士山が864年に噴火し溶岩が流れ、倒れて折り重なった約5本くらいの樹木を包み込んで固まったもので、約68mの長さの洞窟となっている。

 洞窟の壁は樹木の表面の模様がくっきりと残っていて、あばら骨にも見えたり、体の内部みたいにも感じる。この洞窟を通過することは、もう一度母親の体の中や胎内に入って、新しく生まれ変わってくることとなる。蘇るわけである。長年にわたり信仰の対象で、富士山世界遺産を構成する一つの遺産でもある。

 直径50cmから1mくらいの洞窟が、そういえば、樹木が乱雑に重なっているかのような形に立体的に続いている。あいにく、狭い方の女性の胎内といわれる洞窟は前夜の雨のため浸水して通れず、男性の胎内といわれる大きめの洞窟だけを、苦労せずにくぐり抜けてきた。男性の胎内を巡っただけでは、やはり生まれ変わったような気にならなかった、残念。

 この辺りの青木ヶ原樹海の中にも、たくさんの風穴、氷穴があるらしく、これも溶岩流の影響で洞窟になったものという。約1200年前の噴火や溶岩流の跡が今もしっかりと残っている。自然の力とは人間の想像を超えるもの。改めてすごーい。

 

 





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